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とある事情で、またまた、鰻 食べに行きました。

『かねりん』という、由緒あるお店らしいです。

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私的には一番おいしかったです。

ふっくらと柔らかく、味わいも深く感じました。

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キモ汁がやや薄目に感じてしまったのは残念ですが、

その店の「わかおかみ」(←私の勝手に思いこみですが・・・)が

べっぴんさんだったのがgoodでした。

とある事情の 鰻グルメ は、たぶんこれで最後でしょう。

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仕事場の仲間がひとり、また、ひとりと退所していく中、

餃子屋で送別会が有りました。

『鴨江旅館街』(昔、遊郭があったそうな)
と呼ばれるところの直ぐ近く、
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『きよ』というお店。
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有名らしい。『餃子』ではなく『強子』らしい。

『浜松餃子』はもやしがついているとのこと。
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実にうまい!  3人前以上は喰いました。

で、なぜかホルモン焼きがあり、注文。
これがまた、いける。これも「おかわり」
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生キモ、生ハツ、串焼きと 何屋かわからんけど、

何でもある居酒屋でも無し、ほぼ全品喰いました。

実に味のある親父と女将と若女将でした。

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たくさんの色紙が飾られていました。

だれがだれかよくわからんけど、ダイエーホークスの色紙あり!
みんで「王貞治」だ~と勝手なこと言っていましたがよくわかりません。



『浜松餃子』の由来、とある人が言うには、

戦後まもなく中国帰りの兵隊さんがはじめたのがきっかけとか。


『強子』たらふく喰って、表に出ると『お好み焼き』(写真は無し)

相乗り代行待ちもあって、入店。当然、

喰いました。底なし胃袋。

なつかしき『ミカン水』も有ったので注文。

うまい!
mikan.gif


そこの親父さんも“味のあるおっちゃん”

戦後から、この界隈は味のあるところだった様です。いまは少し寂しそう。

お好み焼きお任せコースで焼いてもらったあと、

『遠州焼き』というものも焼いてもらいました。

大阪の味に慣れているので、正直、お好み焼きとして食べると抵抗のある味でしたが、

この土地のお好み焼きとして楽しませてもらいました。

この日の晩餐(送別会)は、とっても幸せを感じながら、結局『ベロベロに』酔っぱらいました。


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2009.02.11 Wed l 出来事 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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